スカンジナビアの冬を越えて

~ 鬱と旅した北欧72日間 ~

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Day 38 雪原となった海を越えて(4月4日)

 今日はSAMPOツアーに参加する。支度をやや急いで、10時20分に昨日のオフィスに集合。お天気もまずまず。外へ出て「午前中の光ってこんなに青いのか!」などと思ってしまった。“普通の旅人”に比べて、日頃いかに朝寝坊しているか、だ。とは言え、9~10時間以上寝ないと精神力が回復しない身の上なんだから、ことさら自分を卑下するなよ。

 集合場所では、つなぎ、ブーツ、ぶ厚い靴下、目出し帽、そしてヘルメットを借り、身に着ける。
 ガイドの青年は、金色の長髪を後ろでまとめ、あごの先だけ金色のヒゲを残したカコイイ人。Miaさんと言うらしいと、後で分かった。スイスから来た、あごひげを生やしたいかつい(しかし実は優しい)おじさまが、もう1人のツアー参加者。この3人で、街外れから雪原となった海へ、スノーモービルで乗り出すのだ。
 親指でレバーを少し押すだけで、ぎゅんと加速する。また、雪原のでこぼこに反応して、がくがくと上下動するから、腰椎にも負担がかかる。最初は 30km/h 出すのも怖いくらいだった。次第に慣れて、行きは 40km/h、帰りは 60km/h も出して巡行。ガイドさんに付いていくのが精一杯で、周囲を見回す余裕はあんまりなかったなあ。

 行きは練習も兼ねて、蛇行しながら走る。
 途中の島にあるサーメのコタで休憩 & トナカイそりを体験。予備を忘れてフィルムがなくなってしまったのが痛いなあ。そりは1人で乗るのだ。と言っても、よく調教されたトナカイが、サーメの民族衣装を着た年配の男性の号令とともにスタート。柵の中の決められたルートをぐるりと1周するだけだ。客は約1分間、そりにしがみついてさえいればいい。
 今回は雰囲気を味わっただけだが、あれなら雪原を駆け回るツアーに参加しても面白いよなあ…。トナカイのそりでも、犬ぞりでも、どちらでもOKだ。

 結氷した海は、見事に雪原になっている。普段は船で行き来しているはずの島へも、本土から地続きに行けてしまうところが、なんとも面白い。SAMPO 号まで、沖合何kmくらいまで走ったんだろう? 海岸の火力発電所がちょうど水平線(地平線?)のあたりだったから、10kmは超えてたのかな?
 氷を砕きながら現れ、見る間に大きくなったSAMPO 号と合流。ここはただの雪原ではなく、足下には確かに海の水があるんだな。タラップを上り乗船すると、すぐにお昼ご飯だ。

 食後のガイドツアーで聞いた話によると、SAMPO 号は、氷に乗り上げ、船の重みで氷を砕いて進むタイプの砕氷船である。最大で厚さ 18m のパック・アイス pack ice を、体当たりを何度も繰り返し割ることができる。通常の船と異なり、船底が鋭角的で非常に細いため、開氷面では不安定で航行できない。氷の中で素早く立ち回る必要があるため、電気機関が採用され、6秒で前進・後退を変えられる。これにより、閉じこめられた船の救助にすばやく向かえるそうだ。
 砕氷船と言うと、これまでは南極へ行った宗谷、しらせがあるなあというイメージしかなかった。北の国々では、物資の輸送をするため日常的に必要な存在なのだ。結氷した海にチャネルを作り、輸送船が航行できるようにする。厳冬期には、砕氷したそばから凍り付いていくため、砕氷船を先頭に、船が縦に連なって航行するのだとか。現在ボスニア湾では9隻の、いずれも国有の砕氷船が、今日も働いている。
 SAMPO 号は1960年代より稼働していたが、大型化する輸送船の需要に応えられなくなり、退役。これをケミ市が買い取り、冬は観光船、夏は航行できないのでレストランとして使っているそうだ。
 がりがりと氷を砕く振動が、靴底を通して伝わってくる。60~70cm にも厚くなった氷が易々と砕かれ、もぎ取られるように割れ後方へと流れていくさまは、圧巻としか言いようがない。海の水が青くなくて茶色いのは、何故だろう? もう日が長いので、プランクトンのインフレーションが起こっているのかな?

 元の場所へぴたっと着け、タラップが下ろされる。乗り捨ててあったスノーモービルとの位置関係からすると、ほとんど1mの誤差もない。大変な操船技術である。
 ツアーの最後は、ボスニア湾浮遊体験だ。全身タイツみたいなドライスーツを代わる代わる着込んで、SAMPO 号が作った開氷面でぷかりぷかり。おまぬけーと思いながら、自分も浮かんで空を見上げていた。

 さて、市街地へ向かう。巡航速度は 60km/h くらいか。もうね、必死(笑)。貸してもらった防寒装備のおかげで、寒くはない。行きとは違って、一目散に陸地を目指す。
 EUR288 もした価値は十分にあったよな。スノー“モバイル” Snowmobile に乗れたし。
 乗客の平均年令がかなり高かったのは、料金のだけでなく、“平日昼間”のせいか。素敵なおじさま、おばさまが一杯だった。我らがスノーモービル隊の、スイス人の彼もピアスしてたんだよなー。なんとも、カッコイイ。
 16時30分位に、最初の集合場所で着替え、装備を返却。お礼を言って二人と別れた。本当はスイス人のおじさまとお茶くらいしたかったのだが、気後れしてしまった。

 ツーリストインフォメーションで、お茶。アクセルレバーを押さえていた右手親指が、痺れたように疲れている。

 中華屋で夕食を取り、野菜を確保。ホテルに戻る。それにしても延々、昼間だ。

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Day 36 ただいま、Suomi(4月2日)

 移動日。

 ハパランダ Haparanda 行きのバスが10時50分発なので、8時起きを試みる。が、身体がまだ夏時間に慣れきってないから、実質まだ7時起きと変わらん。明朝からはスオミ Suomi(フィンランドの現地語呼称)だから、時差のせいでさらに1時間早まる訳だし。たいへんだ(苦笑)

 TVで"ジェンダー・ロール"なんてテーマの番組が始まった。なんてこった。後ろ髪引かれる。だが、既に時計は10時15分。部屋を出ることにする。チェックアウト。
 昨夜はずっと、風がヒューヒューとうなりを上げていた。今朝も、やや風があり、粉雪も混じる。とは言っても、バスターミナルまでは5分とかからないし、キールナのような坂でもないので、楽。

 バスは10時30分の到着で10時50分発車の予定。が、ぬくぬくの待合室を出て待っていても、なかなか来ない。来たのは10時45分くらい。後で時刻表を確認したら、ここが始発ではなかったのか。乗り込んだ時に乗客が見当たらなかったので、始発だとばかり思ってしまったのだ。朝の6時くらいに南の街ウメオを出ている。それで遅れが生じてたのか。終点のハパランダまでは、全行程7時間。道理で高級感のある、立派なバスなわけだ。車体は濃いブルー、2階建てだ。
 スウェーデンでもかなり北に位置するこの地域では、バスは旅客だけじゃなく、物資の搬送もやっているのだ。このバスの同型機の後ろからクレーンで荷を積み込んでるところを、さっき見た。また、後部に蛇腹で貨物車がくっついていたりするタイプのバスもある。

 2階席に陣取ったから視野は広いけれど、またも雪中の移動となったので、遠くは雪に白く遮られて見えぬ。結氷した河川(完全結氷とそうでないのがあるのな)を渡り、針葉樹と、見にくいが恐らく冬枯れた樺の木からなる森を越えてゆく。教会の塔が目印になる小集落にもいくつか寄った。牧場の馬や干し草ロールなども時折見られた。13時過ぎ、ハパランダのバスターミナル着。

 バスから降りると、地面には軽く新雪が積もっている。この辺り、通過してきた集落よりは大きいみたいだが、寂しい感じだ。教会の塔も少し先に見えるので、ここが市街中心ではないようだ。いつもながら、初めての街は様子が分からないので、不安になる。取り敢えず、歩いてみるしかない。ターミナルのカウンターでやっと人を見付けた。トルニオへのバスの時間を聞いて、待つこと30分。ちゃんと13時50分ちょうどに、緑のバスが来てくれました。トルニオって遠いのかと思ったら、キールナで聞いた通り、荷物がなければバスターミナルから楽々歩ける距離だ。橋を渡ったら、もうそこはフィンランド。

 トルニオのバスターミナルで降りる。あれ、壁の時計が3時(15時)を指している? そうか、スウェーデン時間より1時間進んでるんだった。カウンターにいた若い女性に、ツーリストインフォメーションと駅の場所を聞くと、なにぃ? 駅がないと?(※) そうですか。てことで、15時15分のバスで、とっととケミへ向かうことに。
 ハパランダ&トルニオは、ツーリストインフォメーションも共有しているくらい密接な関係らしい。この間のバスも、現地へ来てみたらいくらでもあった。しかも、ルレオ→ケミ間は、スカンレイル・パスのおかげで100%割引となった。

 ケミに向かうバスで、学校帰りなんだか、すごくお洒落なティーンの3人組を見た。等身大人形? お持ち帰りしたかったです。ええ。
 フィンランドに入ってから、積もっている雪が増えたような気がする。あくまでも気がするだけ。ルレオからトルニオまでは雪が降っていて見通しが悪かったし、2階建バスの2階に乗っていて視点も高かったし。

 16時過ぎ、ケミ着。ドライバーの親父さんが「ケミ!」と大声で教えてくれた。バスターミナルでツーリストインフォメーションの場所を聞いて、マップをもらった。けれども、数百m先なので、もう近くで宿を取ってしまうことにする。マップに載っていた、ターミナルの近所のホテルへ直に行き、チェックイン。いやはや、大胆になったものだ。と我ながら驚く。でも、鬱になる前は、各地を旅しながら平気でやってたことなんだよね。

 18時って、まだ夕方の風情のカケラもなく、真っ昼間で明るい。日本ではあり得ないスピードで日が長くなっている上に、夏時間になり、さらにフィンランド入りして1時間早くなったからだ。なのに、なんもかも閉まっている。寒い中、ゴーストタウン(失礼!)を歩いて、とあるホテルのパブでごはん。フィンランド風ハッシュと英語で説明のある料理を頼んでみた。サイコロ状に切ったイモやハムなどを炒めたものの上に、目玉焼きが乗っている。フィンランドの伝統料理だとか。

 言葉が違う! 同じアルファベットを使ってるのに、フィンランド語はまるで分からん。スウェーデン語とノルウェー語は、英語と多少なりとも似ていたから、つづりから類推もできたんだが…。それでも、フィンランド語の音、多少スウェーデン語に近いかしらん?

(※)個人旅行や地球の歩き方のマップでは、線路が繋がっているように描かれている。これは、ケミからトルニオ、ハパランダ間を走るバスが、フィンランド鉄道(VR)により運行されているからのようだ。

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Day 35 砂の嵐は吹き荒れて(4月1日)

 テレビのショッピング番組にて、"Superstyler"なる商品の紹介を見ていて、朝食を食べそこなうところであった。それくらいインパクトのある商品だ。アフロヘアまでたちどころに、シルキーなストレートにしてしまう。痛んだ髪でもブチブチ切れたりしないのかな。帰国したら探してみるか。
 延泊をレセプションで頼む。しかし金髪碧眼、ピンクかかった白い肌。ヴァイキングの子孫はなんて美しいのだろうか(ぉぃ

 11時半くらいに外へ。風の吹きすさぶ絶好のコンタクトレンズ日和(皮肉)。キールナでも風の日はあったが、今日はそれ以上だ。顔に当たる風が痛い。溶けた雪から出てきた枯葉がカサカサと風に飛ばされ、時折、地面の上で渦を巻く。それでも薄日が差して、風景は明るい。
 ルレオ中央駅で、写真をぱちぱち。コンテナをアームで持ち上げて運んでしまう巨大な機械に驚いたり。また、駅のキオスクで絵葉書を買い、待合室でアイカちゃんに。
 椅子も何もかも、砂でザラザラである。
 高校時代に学んでいた校舎もこんな感じだったな。教室も廊下も、窓は鉄のサッシだったから、年中グラウンドからの砂ぼこりが入り放題。さらに冬はすきま風が吹き込み、なんでだかストーブを入れてくれなかったから、冷蔵庫で授業を受けているようなものだった。

 バスターミナル近くのレストラン、マック・インディア Mac India へ。20種ほどのランチメニューがSEK55(プラスSEK10で、ナンが付く)。思いがけず、本物のインドスパイスの効いたカレーに出会う。カリフラワーだの、具の野菜がこの辺りでよく見るものであるのは気にしない。こんなに北の方まで、インドの人が入っているのな。昨日はタイ&チャイナ混成メニューのレストラン(+アジア美人のお姉さん)だった。そういやこのマック・インディアではスウェーデン美人のお姉さんが給仕してくれた(笑)

 風の中、STORGATAN(「大通り」だろう)を線路を背に歩く。目が痛いのなんのって。
 何件かお店をより道しながら、Norrbottens Museum へ。Museum の和訳は、一対一に対応する訳語がないため、いつも難しいが、ここでは強いて言えば「郷土資料館」か。
 閉館の16時まで1時間しかなかったが、オーロラ、それから北極圏の空、雲のスライドが圧巻。
 また、サーメ人の伝統的なトナカイ放牧の1年が、ジオラマと写真で解説されていて、ユッカスヤルヴィに続き、さらによく分かった。
冬季:トナカイにそりで荷を引かせながら移動。トナカイは雪中の植物を掘って食べる。
夏季:フィヨルドをさかのぼって山へ行き、放牧地で半定住。
 ざっと見て、閉館時刻に辞す。

 大風に雪が混じっている。ほおが痛いほど寒い。港に突き当たると、海面が凍ってるのにびっくり。その上を、粉雪と枯葉が風に乗り、白い筋を描いて運ばれていく。海沿いにバスターミナルやホテルのある方角へ歩く。夏の間は賑わっているであろうレストランかパブかといった観光施設が、寒々と風に吹かれている。
 そうか、メキシコ湾流の恩恵は、内海には届かないんだ。

 町の中は“風の壁”といった風じで、前へ進めない。道行く人はみな、背を丸めて歩いている。ホテルにたどりつき、ぐったり。

 キールナまでのパンフレット類をパージして、自宅へ送る。1kgほどでSEK139.5であった。スウェーデンでは、キオスクだったり、ビデオ屋だったり、RIMI だったりと、いろいろなお店で郵便の取り扱いをしている。それでも民間の宅配便会社ではないのな。

 部屋に戻ると、窓が閉まらず風が吹き込む。初日に「なんかすうすうするな」と思って調べてみたら、密閉できない状態ではあったのだ。まあいいやと思っていたんだが、今日の大風で一線を越えてしまったらしい。ちょうどいた掃除係の人に話すと、すぐにレセプションに連絡してくれた。別の部屋に移って一段落。

 洗濯、お風呂。

 20時から1時間ほど夕食。肉に赤スグリのジャムを添えて食べると美味ですな。パンも香ばしくて、噛みしめる。

 認知療法の本を読み進める。22時から40分ほど日記。
「完璧主義をやめる!」ために、日記には1日分に30分以上かけないこととしよう。

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Day 33 Bye-bye, Guardian Doggie!(3月30日)

 9時に目覚ましで起きる。心も体も重い。昨日ドカ食いしたから、胃もムカムカ。ぼーっとしながらも、とにかく荷物を詰める。物は消費してるはずなのに、なんでこんなギュウギュウなんだろ? 昨夜の隣人は、恐らくフランス人のカップルだった。ドタドタいっていたのが静かになったから、どうやら出て行ったらしい。チェックアウトの11時まであまり時間がなくなったので、ブロッコリーをゆでるのは諦め、ジャガイモをチンして食べた。

 昨夜のスカンディック・ホテル以来、服が古ぼけてきたのが気になって仕方ない。「バックパッカー」「汚い」「みすぼらしい」と自分にレッテルを貼って、うじうじと。んなもん、しゃーないやん。1ヶ月の旅で服がここまで古くなるのは、予想できなかったんだし。全知全能たるべしというのは、不合理な「すべき思考」だ。他人が見たら笑うに違いないと思うのは、「心の読みすぎ」。またよしんば笑われたって、自分の価値は他人の中にはない。へたれ旅? とんでもない。旅に出る前にはできるはずないと思っていたことを、やってのけてる自分がいるのだ。そして"I should have done better."(もっとうまくやるべきだった)は、あらゆる成功を台無しにして、無限に自分を追い詰める呪いの言葉。 

 出発する。レセプションで鍵を返し、マダムにお礼を言う。

 それにしても荷物!! 肩に食い込む。これも悪い訳じゃなくて、自分が必要だと思っているものを入れてるだけだからな。「他の人はもっと少ないに違いない」って、確認もせずに自分を責めるのも、どうよ?

 今日は時折、小雪が舞うお天気。粉のような新雪を踏みしめて、駅まで坂を下っていく。おや? 駅舎の時計が12時過ぎてるぞ。どうやら夏時間は今日からだったようだ。(31日に「個人旅行」を見ていたら、夏時間は決まった日付でなく3月の最終日曜から始まり、10月の最終日曜に終わると、確かに書いてあった。)
 あっぶな~。宿のチェックアウトが11時と決まっていたのが幸いした。下手すりゃ列車に遅れてたわけだ。

 キールナ中央駅の”ガーディアン”こと売店の犬を触ったり、山でこの1週間こもってスキーをしていた“冒険家”のおじさまと話をするうち、電車がホームに。日曜だけあって、休暇から帰る人達も多いのか、かなり混んでいた。乗車率にして60%あたりかな? イェリバレからボーデンまでは100%弱だった。
 席に就いてから、犬にお別れにいく。発車時間が気になって「じゃあね」って、頭を触っただけで車内に戻る。窓から座っている彼の姿が見えたが、電車が動き出すとすぐ見えなくなった。いつまで、ああして毎日電車の発着と行き交う人々を眺めながら過ごすんだろう。切ないなあ。
 別れの時が来て初めて、会っている時間がかけがえのないものだったと気付かされることが多い。一期一会。日常の中で慣れてしまうとつい忘れてしまうけれど、会えている幸福に感謝し、大切にしたいものだ。(勿論、自分も大切。自分を殺してまで相手を喜ばせるってのとは違うよ。)

 時折薄日が差すこともあったけれど、ルレオまでの車内の3時間半は大体曇り。ボロではあるけれど、多分標準軌の線路幅で、廊下を挟んで横に2+2つまり4列の、ゆったりした座席がありがたい。日本の新幹線は在来線より幅広で標準軌だが、普通車は3+2の5列。
 キールナを出る時予約したコンフォート・ホテル・ルレオまでは、駅からほんの数百m。街並みは碁盤目に近いし、上り坂も大したことはなし。これまでに訪れた土地と違って、市街地には雪がもう全然なく、路面が乾いていたので、それも有難かった。でも風は冷たい。

 ネットカフェの場所を教えてもらい、部屋に荷物を置くとすぐ外へ。ホテルからは歩いて3分ほど。少年達が大騒ぎしながら、通信の3Dウォーゲーム(自分が1兵卒になって市街地を歩いて戦っているようだった)(※)に興じていた。ちょっと恐いが、大学時代、ゲーセンでストリートファイターIIをやってた頃と変わんねえ風景(笑)。ゲームは世界の共通言語なのかな。

 ホテルに戻ってきて18時半から1時間ほど、サパー supper を。トロムソ以来であるが、良いですな。同じコンフォート・ホテルでも若干、メニューが違う。山羊のチーズと酢漬けニシンがない。代わりに、カリカリになったパンのようなものと、ビスケットが。ハム、”普通の”チーズ、薄切りキュウリ、トマト、パプリカあたりは共通。キュウリのピクルス、オリーブ、果物いろいろ。
 
 やっぱり人目を気にしちゃってる自分がいるのだけれど、別にええやん。「日本の代表」なんて思うのも変だし。英語がまるでできないまま旅できちゃってる人の例も、一杯知ってる。彼らは、恥じることなく胸を張って旅してる。

 入浴。22:00~0:40日記。

追記:
 キールナ中央駅で会ったおじさまとの会話では、結構重要なことを教わったのだ。

 ひとつは Wasa の読み方。「ヴァーサ」といい、カルマル同盟によってデンマークの支配下にあったスウェーデンの独立の立役者となった、グスタフ・ヴァーサ王 Gustav Vasa に由来するという。現代ではWでなくVと表記するとか。

 もうひとつは、スカンジナビアで英語が非常に普及している理由について。"Because we are so few."(少数民族だからだ)の一言で、合点がいった。
 日本のように1億3000万人もいれば、外国語など微塵も必要とせずに暮らせる人の数が圧倒的になる。経済交流は誰かがしてくれるし、日本語の書物や歌、ウェブサイトその他、文化の需要も供給も充分にある。また、外国の文化や知識だって、そのまま持ち込むのでなく、和訳する手間と経費をかけても十分採算の取れる市場があるわけだ。海外からの観光客の相対数も少ない。米国やフランスと同じように、"We are No. 1!" と言って内にこもることが許されるわけだ(良い、悪いということでなくて)。
 外国語を学ぶことが、生きていくための必要条件である人々も、世界にはいる、ということだ。


(※)このようなゲームを FPS = First Person Shooter と言うらしい。

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Day 30  1ヶ月目の感慨というほどのものはなく(3月27日)

 旅を始めてちょうど1ヶ月になる。が、今日のところはあまり感慨がない。

 隣室のみなさんがばたばたと朝の支度をする音がするが、10時までブラインドを下ろして寝ていた。

 のそのそと(次の予定も少し考えてみたり)仕度して、正午過ぎに出発。今日も日差しの眩しい良い天気だ。鉄鉱山も元気。不意に、FFVの海賊のテーマが頭の中を流れる。
 昨日Infomineの帰りに少し町を歩いた際、店構えだけを見て行こうと思っていたお店に入る。カフェ・サファリ Cafe Safari という、豆のひき売りもしているところだ。コーヒーの焙煎方法は2種類、ノーマルローストとブラウンローストがある。ボナポット(※)で淹れるのが、スウィディッシュ・スタイルなのかな? キヨコさんが「スウェーデンのコーヒーは濃い」と、ドライブの帰りに一緒にコーヒーを飲みながら言ってたのを思い出した。ま、一事が万事ではないので、なんとも。
 コーヒーは極上。四角くて平べったい、上に白く甘い皮(材料は砂糖とあと何だろ?)の乗ったケーキも極上。しかも、合わせてSEK50(約750円)しなかった記憶がある。ノルウェーなら間違いなく1000円コースだ。
 ケーキだけでなく食事メニューもあるようで、美味しそうな、巨大なツナ・ドッグみたいなものを食べている人もいたなあ。
 座ったのが窓際の、陽光のまぶしい席だったので、薄地のカーテンを閉めたが、気休め程度。計画を練るが、激しく煮詰まる。Vittangi という、北に湖があって恐らく北天が開いている村へ行ってみるか、それとも、もうオーロラは諦めて、ルレオへ南下するか。取り敢えず「日曜に動く」ことだけ決めて、上の2方向へのバス、列車の時刻表だけメモに書き出しておく。

 Folkets Husへ。15~16時まで、コーヒー(SEK12=約180円)を飲みつつインターネット。日本語フォントプリーズ。帰る時に係の人に頼んでおいたから、なんとかなるかも知れない。チャットにはシオち~とオガっちとフラりん。とりあえずフラ&シオの住所を聞き出す。気持ちがかなり追い詰められているこの状況で(焦るなよ~――と、28日の夜のツッコミ)、ハガキを出せるかな? とか思いつつ。
 ネットの料金は30分でSEK50(約750円)。1時間使ったから、SEK100なのだが、毎日通っていることもあって、係のお姉さんがSEK20おまけしてくれた(30代だと思うが、おばちゃん化していないので、お姉さん)。
 その後、1階のロビーでまた計画。いい加減疲れた。

 イースターのことをツーリストインフォメーションで聞く。クリスマスと違い、日本ではあまり馴染みがないが、キリスト教徒にとっては、クリスマスと並ぶ非常に大切な期間だ。それゆえに、行き当たりばったりで旅している旅行者は、知らないとシャレではなく受難することになる。クリスマスと違って、毎年、日にちが異なるのも曲者だ。
 6年前、ノルウェーで10日前後も難儀した経験がある。北極圏の町カラショークにたどり着いたのが、まさにイースターの休暇が始まろうとしていた日。店も全部閉まり、宿も最初の何泊かは確保したものの、その後は一杯。南へ飛んで逃げようにも、飛行機も一杯。凍死の危機を感じつつ、辛うじて席を確保して飛んだオスロは、やはりゴーストタウンの様相を呈していてた。
 事前の情報では、今年のイースターは主日が4月30日だということだったが、実際には4月20日だそうだ。聞いてよかった。その頃はフィンランドにいると言うと、ツーリストインフォメーションで応対に出てくれた、もう顔なじみになった若い女性が、お祖母さんがフィンランド出身だからと、わざわざ電話して聞いてくれた。
 結局、スウェーデン、フィンランドとも、ノルウェーほど敬虔に1週間以上も国を挙げて休むことはないそうだが、それでも4月17(木)~21(月)までは祝日扱いになるということが分かった。

 陽が落ちかけた寒い中、教会の建物を見に行き、それから18時ぎりぎりに懐中電灯を購入。うは、超小型・超高性能だ。片手にすっぽり納まるサイズで、単3電池2本でこんなに明るいんかい! しかも防水。今時のモノはすごいねえ。しかも生涯保証付き。3000円近くしたが、これはずっと使えそうだ。

 宿へ戻り延泊手続き。
 今日は食事は2食目なので「ランチ」と称して、今朝作ったスープを食べる。やっぱり寝不足がこたえているので眠くなってしまったが、なんとかシャワーを浴び、21時から地下のランドリーマシンで洗濯に取りかかった。
 途中で玄関を開けて空を見ると、薄曇りの向こうではあるが、オーロラが見えてる見えてる。上の部屋に戻り、ディナー中のアメリカ人ファミリー4人に教えると、ナンシーがライトを消す。緑の光が10分ほども明滅をくり返す。光の塊がふわーっと明るくなったり、カーテンが広がっていって、再び闇の中へ溶けていったり。まさに”ディナーショウ”か(笑)。

 さすがにもう動く気力なし。日記を1日分だけやっと書き終え、23時半頃、床に就く。…が今夜は寝苦しい。PCやって、計画練って、しかもベッドを机に悪い姿勢でもの書きをしたせいで肩こりなのか、それとも午後のコーヒー2杯が効いてるか…?

追記 その1
 決断力がひどく低下するのが、鬱の症状のひとつ。単なる優柔不断とは違って、決めなきゃとじりじりと焦っているのに、どちらかを選ぶのが途方もない仕事のように感じられてしまうから、本人はとても辛い。アクセルとブレーキをいっぺんに全力で踏んでいるような状態だ。懸案事項だったりすると、それしか見えなくなって(心のフィルター)、さらにその問題を心の中でどんどんどんどん大きくしてしまう(拡大解釈)。また、迷わず決断すべきなのに決断できないことに苛立ち(すべき思考)、決断のできない自分をダメな奴だと決めつける(結論の飛躍、レッテル貼り)。結果、自分で自分をすり減らしてしまう。

追記 その2
 人にものを尋ねるのが苦手なのだ。その代わりに、紙の資料は必死で集める。列車の時刻表は恐らく前日にキールナ中央駅で入手。バスの時刻表はそこに書いてあったのか、或いはツーリストインフォメーションなど別の場所で見付けたのかは、定かではない。
 時刻表の見方は、中学の時に正課クラブとして1年だけ参加していた「地図旅行クラブ」で覚えたんだと思う。基本さえ知っていれば、日本であろうと外国であろうと、さほど変わらない。
 いわゆる「鉄ちゃん」と呼ばれる鉄道マニアではないのだが、学生時代、列車や自転車に乗り、1人で国内を旅した経験もいろいろ役に立っている。

(※)ボナポットはドトールコーヒーでの商品名。一般にはフレンチプレスと呼ばれているようだ。発祥は、きっとフレンチという名が表す通りなんだろう。

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